乙ヶ崎御蔵跡(読み)おとがさきおくらあと

日本歴史地名大系 「乙ヶ崎御蔵跡」の解説

乙ヶ崎御蔵跡
おとがさきおくらあと

[現在地名]穴水町乙ヶ崎

集落中央火宮(ひのみや)神社前、区有地空地が御蔵跡である。寛文二年(一六六二)四間に八間の作食御蔵、四間に二間の塩士米御蔵が建てられた(「村々様子書上控」大西文書)。その後三棟の米蔵に年貢米が一千石納入され、蔵下村は曾福(そぼく)・根木(ねき)・志(し)ヶ浦(うら)・新崎(にんざき)・乙ヶ崎・内浦(うちうら)・七海(しつみ)(北七海)・此木(くのぎ)・平野(ひらの)・地蔵坊(じぞうぼう)・宇留地(うるち)・挟石(はさみし)・河内(かわち)の各村と新保(しんぼ)・細屋(ほそや)・内屋(うちや)の各村(現輪島市)の一六ヵ村。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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