乙犬村(読み)おといぬむら

日本歴史地名大系 「乙犬村」の解説

乙犬村
おといぬむら

[現在地名]篠栗町乙犬

若杉わかすぎ山の北東に位置し、東は若杉村北西大隈おおくま(現粕屋町)中世は乙犬郷とよばれた(永享六年三月晦日「法印良清契状」石清水文書/大日本古文書四―二)

弘安九年(一二八六)閏一二月二八日に「乙犬丸」が岩門合戦の恩賞として神田五郎糺・綾部重幸・土々呂木為能に三分一ずつ宛行われている(「蒙古合戦并岩門合戦勲功地配分注文」比志島文書/鎌倉遺文二一)。しかし正平二一年(一三六六)四月日付執行成貞注文(石清水文書/南北朝遺文(九州編)四)によると、同所は預所為元の管理下にあり、筥崎宮若宮仮殿遷宮饗膳米として二斗五升を負担している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む