乙狩村(読み)おとがりむら

日本歴史地名大系 「乙狩村」の解説

乙狩村
おとがりむら

[現在地名]美濃市乙狩

板取(いたどり)川下流域の左岸、南流して同川に合流する乙狩川の谷間に本郷がある山方の村。牧谷(まきだに)八郷の一つで、板取川右岸の枝村新河(あらこ)は南の小倉(こくら)村に、本郷と枝村面平(おもてひら)は東の上野(かみの)村に続き、東部に矢坪(やつぼ)ヶ岳がある。慶長郷帳に村名がみえ、村高六三石余・山年貢二五石。元和五年(一六一九)幕府領から尾張藩領となり幕末に至る。正保郷帳では畑高六三石余・紙舟役一〇石余・山年貢一八石。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む