九千部山(読み)くせんぶざん

日本歴史地名大系 「九千部山」の解説

九千部山
くせんぶざん

背振せふり山地の一峰で、鳥栖とす市・三養基郡の北部、佐賀・福岡県境にあって標高八四八メートルの主峰から南峰石谷いしだに(七五四メートル)まで二キロに及ぶ緩やかな稜線が続いている。

元禄絵図に、肥前側からは九千部嶽、筑前側からは九千部山とよばれるとあるが、山名が由来すると伝えられる隆信沙門の法華経九千部読誦伝説の地は主峰ではなく石谷山である。この山は九千部山の南峰であるが、山麓中原なかばる町や鳥栖市西部からみれば独立した山で、中原地方の人は「クセブ」「クセンブ」ととなえ、主峰を「キヤブベンジャ」(基肄養父弁才)として区別してきた。

歴代鎮西要略」に「天暦中、僧性空居背振山、三根郡有隆信沙門、栖山誦法華、満九千、蓋性空伴侶也、今九千部岳其処也」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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