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九条殿遺誡 くじょうどのいかい

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世界大百科事典 第2版の解説

くじょうどのいかい【九条殿遺誡】

右大臣藤原師輔が公卿としての心得を記した家訓。10世紀中ごろの成立。毎日起床後に行うべき事柄をはじめとする日常生活の作法,宮廷に出仕する際の心得など,公卿の生活全般にわたって細かい訓誡をのべており,子々孫々にまで重んじられた。書名は師輔の第宅が九条にあったことに由来する。東洋文庫に〈制誡〉と題する室町初期の写本1巻を伝える。《拾芥抄》にも収載されている。《群書類従》所収。【吉岡 真之】

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All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

世界大百科事典内の九条殿遺誡の言及

【日記】より

…すでに大宝令,養老令において中務省の内記がつかさどると規定されている〈御所記録〉が,中国において天子の日常の起居言行を史官が記録した起居注と同類のものとすれば,内廷の日記の一種とみなすことができるであろう。9世紀中ごろの藤原師輔の《九条殿遺誡》には,毎日起床後まず昨日の事を暦記に注して忽忘に備えよとおしえ,当時すでに宮廷貴族の間にも,日記記載の習慣が定着していたことを物語っている。その公家日記は,鎌倉時代までは巻子仕立ての具注暦に書きつけたものが多く,暦面の2~4行の空白に記載したので,暦記ともいわれた。…

【日次記】より

…《政事要略》に引載する790年(延暦9)の追儺の〈外記別日記〉は,すでに平安時代の初めに日次記と別記の並存したことを物語っている。藤原師輔の《九条殿遺誡》にも,毎日起床後まず昨日のことを暦記に注すべきこと,要枢の公事については別に詳しく書きしるして後鑑に備うべきことをおしえている。日次記は《御堂関白記》や《水左記》の自筆原本で知られるように,鎌倉時代までは巻子本の具注暦の2~4行の空白に書きつけたものが多く,書ききれないときは裏面に書きつぎ,これを〈裏書〉といった。…

【藤原師輔】より

…父忠平の故実を伝え,兄実頼の小野宮流とはその面でも競争関係にあった。《九条年中行事》《九条殿遺誡》や日記《九暦》を残している。960年病により出家し同年没した。…

※「九条殿遺誡」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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