日本大百科全書(ニッポニカ) 「乳房榎」の意味・わかりやすい解説
乳房榎
ちぶさえのき
三遊亭円朝(えんちょう)作の怪談咄(ばなし)。正しくは「怪談乳房榎」。絵師菱川重信(ひしかわしげのぶ)の妻おせきは、夫が泊りがけで南蔵院の天井画を描きに出かけている留守に、浪人あがりの弟子磯貝浪江(いそがいなみえ)に犯される。磯貝は重信の下僕正介(しょうすけ)を抱き込み重信を暗殺するが、その幽霊は未完成の竜の天井画を完成させた。おせきと夫婦になった浪江は、遺児真与太郎(まよたろう)を正介に命じて角筈十二社(つのはずじゅうにそう)の滝つぼへ投げ込ませると、またもや重信の幽霊が現れて子供を助け、正介を諭す。正介は真与太郎を赤塚・松月院の榎の露で養育、乳房榎は乳の守り神として繁盛する。おせきは乳の腫(は)れ物に苦しんだあげく浪江の手にかかり、正介と真与太郎は2人を返り討ちにしようとした浪江を斃(たお)す。夏の夜の凄惨(せいさん)な重信殺しをはじめ、因果の理を巧みに描写した名作。明治10年代の創作と思われるが、後年歌舞伎(かぶき)化もされて有名になった。近年では6代三遊亭円生(えんしょう)の口演が好評であった。
[関山和夫]
『『三遊亭円朝全集 1』(1975・角川書店)』