日本大百科全書(ニッポニカ) 「角川書店」の意味・わかりやすい解説
角川書店
かどかわしょてん
1945年(昭和20)角川源義(かどかわげんよし)が創業した出版社。国文学者で中学教諭であった角川は、第二次世界大戦の敗戦後の混乱のなかで「日本を一日も早く立ち直らせる」ことを念願に文化事業としての出版に着目した。処女出版は佐藤佐太郎の歌集『歩道』であった。1949年角川文庫を発足させ、ついで『昭和文学全集』をはじめ各種の全集、辞書、単行本や月刊『俳句』『短歌』などを刊行して同書店の基礎をつくった。1975年長男の角川春樹(かどかわはるき)(1942― )が社長となり、新たな出版事業として映画やテレビとの連携を提唱し、忘れられていた横溝正史の原作によるATG製作映画『本陣殺人事件』を公開。同時に「帰ってきた横溝正史フェア」と銘打った販売促進活動を展開し、横溝作品580万部を売って注目された。翌1976年には自主製作映画の第一作『犬神家の一族』を2億円で製作し、配給収入17億円、純益7億円をあげ、横溝作品も2000万部の売上げを記録した。この方法は森村誠一の『人間の証明』『野性の証明』などにも継承され、次々とブームを演出、ひところ「角川商法」ということばまで生み出された。しかし1993年(平成5)に春樹が麻薬及び向精神薬取締法違反などの容疑で逮捕され、社長を辞任したのをきっかけに「角川商法」は事実上終わった。
その後任社長には、前年春樹によって副社長を解任され、主婦の友社の援助でゲームソフト関連の書籍を発行するメディアワークスを設立していた実弟の角川歴彦(かどかわつぐひこ)(1943― )が就任(2002年会長に就任)。歴彦は副社長時代に手がけた情報誌『週刊ザ・テレビジョン』(1982年創刊)、『週刊東京ウォーカー』(1990年創刊)各誌の拡充、『関西ウォーカー』創刊(1994)など、拡大路線を推進した。同時に、新角川映画『失楽園』『新世紀エヴァンゲリオン』『リング』『らせん』などを続けてヒットさせた。1998年には東京証券取引所第2部に上場し、同年主婦の友社出版物の販売を受託、メディアワークスなど系列会社を吸収合併した。また、1999年5月には衛星デジタル放送事業を行う新会社トスカドメインを、東芝をはじめとする11社との合弁で設立したほか、同年10月ドイツの大手メディア企業ベルテルスマンとの資本提携に合意した。2000年(平成12)、株式公開で得た資金100億円を投じて、出版関連事業の発展のため、本事業にかわる新規出版・ベンチャー企業や事業再構築企業への出資を目的とした「角川出版事業振興基金」を設立した。2003年4月、角川書店は、会社分割により100%出資の新設子会社「角川書店」に出版事業等の営業を承継させ、旧角川書店は持株会社「角川ホールディングス」(2006年角川グループホールディングスに社名変更)となった。さらに新設子会社の「角川書店」は、2007年に「角川書店」「角川マガジンズ」「角川グループパブリッシング」他に分割された。
[海老原光義・小林一博]
その後の動き
2013年4月に角川グループホールディングスは角川グループパブリッシングを吸収合併し、同年6月株式会社KADOKAWAに商号変更した。また同年10月には「角川書店」を含む連結子会社9社を吸収合併、「角川書店」はブランドカンパニーとして存続することとなった。2014年10月、株式会社KADOKAWAは株式会社ドワンゴ(動画配信サービス会社)と経営統合し共同持株会社「株式会社KADOKAWA・DWANGO」を設立した(2015年10月「カドカワ株式会社」に商号変更)。「株式会社KADOKAWA」の株式は「株式会社KADOKAWA・DWANGO」に移転され、「株式会社KADOKAWA」は「株式会社KADOKAWA・DWANGO」の完全子会社となった。2015年4月、株式会社KADOKAWAはブランドカンパニー制を廃止し、ジャンルごとに新しい局をつくり再編した。「角川書店」は組織名からは消え、株式会社KADOKAWAのブランドの一つとなった。
[編集部 2017年9月19日]