二ッ小屋村(読み)ふたつごやむら

日本歴史地名大系 「二ッ小屋村」の解説

二ッ小屋村
ふたつごやむら

[現在地名]尾島町二ッ小屋

新田郡の最南端、利根川左岸に位置し、東は前小屋(まえごや)村、西は武蔵島(むさしじま)村、南は武蔵榛沢(はんざわ)郡高島(たかしま)村・同幡羅(はたら)郡石塚(いしづか)村(現埼玉県深谷市)と利根川中央の国境を限り、北は前島(まえじま)村および堀口(ほりぐち)村の耕地。北方を早(はや)川が東流する。寛文郷帳に村名がみえ、幕府領で畑方のみ。慶応三年(一八六七)前橋藩領となる。大間々(おおまま)(現山田郡大間々町)、木崎(きざき)(現新田町)より武蔵高島、熊谷(くまがや)(現埼玉県熊谷市)に至る往来があり、村西方の武蔵島境に高島と結ぶ渡船があった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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