二升村(読み)ふたますむら

日本歴史地名大系 「二升村」の解説

二升村
ふたますむら

[現在地名]西伯町東上(とうじよう)

江原(えばら)村の南、東長田(ひがしながた)川支流二升川に沿った狭隘な谷間に位置する。二舛とも記す。西方は惣助(そうすけ)峠越で早田(わさだ)村。「伯耆志」によると惣助峠路傍にある自然石の碑には、文明一七年(一四八五)六月一五日の年紀があり「俗名木村惣助塔塚田源九郎」「施主二舛村中」と刻まれており、鎌倉山(かまくらやま)城主の家臣であった者の供養塔と伝える。藩政期の拝領高は三九石余、寛永一三年(一六三六)の土免状(西伯町誌)では本免五ツ四分、物成高二三石余。免は五ツ五分。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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