二和村(読み)ふたわむら

日本歴史地名大系 「二和村」の解説

二和村
ふたわむら

[現在地名]船橋市二和東ふたわひがし一―六丁目・二和西ふたわにし一―六丁目

高根たかね村の北東に位置する。江戸時代は下野しもの牧で、明治新政府の政策により開墾されて成立した畑作村。二番目の入植地であったので二和の地名が付けられた。開墾は東京府下の失業者救済と殖産興業を目的に計画され、明治二年(一八六九)五月に民部官付属下総開墾局、続いて同月に開墾会社が設立されて具体化した。東京府下などの希望者を牧場跡に入植させ、その世話は開墾会社役員(東京などの富豪)配下がするというものであった。二和担当の役員は星野清左衛門。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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