日本歴史地名大系 「二女子村」の解説 二女子村にによしむら 愛知県:名古屋市中川区二女子村[現在地名]中川区二女子町・富川(とみかわ)町・八幡本(やはたほん)通・柳島(やなぎしま)町四女子(しによし)村の東にある。村の西端は笈瀬(おいせ)川に区切られる。村の北部を佐屋路が東西に通る。織田信雄分限帳に<資料は省略されています>とある。寛文一一年(一六七一)の家数四二、人数二五一(寛文覚書)。「徇行記」によれば、田畑二四町一反余のうち田が一二町六反余、畑一一町五反余で、概し以前の新田畑三町四反余、概し以降の新田畑が四反余あった。宮(みや)宿(現熱田区)の助郷村。新田高を除いて藩士一三人の給知。本郷は佐屋路の南に開けたが、笈瀬川に架かる長良(ながら)橋東付近に枝郷があり、出屋敷と称した。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by