二拾五貫村(読み)にじゆうごかんむら

日本歴史地名大系 「二拾五貫村」の解説

二拾五貫村
にじゆうごかんむら

[現在地名]畑野町栗野江くりのえ

栗野江村三拾二貫さんじゆうにかん村とともに栗野江三村くりのえさんそんと総称し、通称は栗野江でとおっていた。三村の村境は不明瞭だが、現栗野江のほぼ北東寄りに当村に属する家が多い。村内に古城ふるじようの小字と屋号が残る。元禄七年(一六九四)検地では田一五町八反余・畑五町三反余(佐渡志)。前年の取決証文(本間惣左衛門氏蔵)によると、検地に際して当村にある質地は本来の持主の名付としておくが、年季が過ぎても代銀の支払いのない場合は田地を渡すとしている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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