二茶屋村(読み)ふたつぢややむら

日本歴史地名大系 「二茶屋村」の解説

二茶屋村
ふたつぢややむら

[現在地名]中央区元町通もとまちどおり四丁目・同六丁目・栄町通さかえまちどおり四丁目・同六丁目・海岸通かいがんどおり四―六丁目・北長狭通きたながさどおり四―七丁目・下山手通しもやまてどおり四丁目・元町高架通もとまちこうかどおり

神戸村の西、瀬戸内海に面する。二ッ茶屋とも記される。山陽道が通る。江戸時代の領主変遷は神戸村に同じ。元和三年(一六一七)の摂津一国御改帳に二茶屋村とみえ、高六七石余。正保郷帳では高六七石余、ほかに新田高五石余。享保二〇年(一七三五)摂河泉石高調では高八五石余。天保郷帳では高九一石余。寛文九年(一六六九)頃の尼崎藩青山氏領地調(加藤家文書)によると家数一八二・人数一千六八、船数七六。海運業従事者がかなり存したとみられる。元禄一四年(一七〇一)の須磨組村々家数人数惣寄目録(秋宗家文書)では家数三〇九・人数一千八七三、うち五一九人は男舟乗田舎上下と付記されている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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