五ノ神村
ごのかみむら
羽村の東に位置し、南は川崎村。戦国期からの鋳物師の村といわれる。当地には、鋳物師の棟梁桜沢市兵衛盛次と渡辺与治右衛門忠教が奈良東大寺の梵鐘を鋳造したという伝説があり、慶長一九年(一六一四)京都方広寺(現京都市東山区)大仏殿梵鐘鋳造に諸国鋳物師とともに五ノ神鋳物師が参画、上京したという。桜沢盛次と渡辺忠教は、文禄年間(一五九二―九六)に大悲願寺(現あきる野市)の鰐口を鋳工したとも伝える(以上「西多摩村誌」)。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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