五十嵐派(読み)いがらしは

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「五十嵐派」の意味・わかりやすい解説

五十嵐派
いがらしは

蒔絵師流派足利義政に仕えた室町時代五十嵐信斎 (しんさい) を祖とし,幸阿弥派と並び称された。2代の甫斎は豊臣秀吉に仕えた。初代,2代ともに生没年未詳で,作品の確証あるものもない。3代の道甫 (?~1678) は天正年間 (1573~92) 京都に住む。前田家に招かれて加賀に移り,加賀蒔絵の基を開き,晩年は京都に帰る。代表作は『秋野蒔絵硯箱』。4代の道甫喜三郎は前田利常に招かれて加賀に定住し,加賀蒔絵を発展させ,以後大正までこの系統が続いた。

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