日本歴史地名大系 「五条橋東」の解説
五条橋東
ごじようはしひがし
江戸時代、五条通の五条大橋より東の地域をいった。
寛文五年(一六六五)刊「京雀」以後、地誌は五条通洛中部と別に、一項目を立てて扱うのを慣例とする。また寛永版平安城東西南北町並之図などでは
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
江戸時代、五条通の五条大橋より東の地域をいった。
寛文五年(一六六五)刊「京雀」以後、地誌は五条通洛中部と別に、一項目を立てて扱うのを慣例とする。また寛永版平安城東西南北町並之図などでは
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...