コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

三年坂 さんねんざか

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

三年坂
さんねんざか

産寧坂 (さんねいざか) ともいう。京都市東山区,清水寺北西にある坂。五条坂清水坂の交点付近に始り,北方高台寺のほうへと下っていく坂道で,二年坂へと続く。坂の名は大同3 (808) 年に開けたことによるとも,また,元清水坂楼門南にあった泰産 (たいさん) 寺にちなんで産寧坂と称したのがなまったものともいわれる。沿道には古都情緒のある古い店が多い。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について | 情報

デジタル大辞泉の解説

さんねん‐ざか【三年坂】

そこで転ぶと3年以内に死ぬという俗信のある坂。東京の芝高輪や京都の清水寺の坂など。
[補説]書名別項。→三年坂

さんねんざか【三年坂】[書名]

伊集院静の短編小説集。平成元年(1989)刊行

出典|小学館デジタル大辞泉について | 情報 凡例

大辞林 第三版の解説

さんねんざか【三年坂】

転ぶと三年以内に死ぬという迷信のある坂。東京芝高輪たかなわ・京都清水寺などにある。

出典|三省堂大辞林 第三版について | 情報

世界大百科事典内の三年坂の言及

【清水坂】より

…当坂は鎌倉時代前期の例では〈清水寺坂〉ともよばれていた。平安時代初期の延暦年間(782‐806)に清水寺が創建されて以来,人々の信仰を集めたので,この坂も洛中からの参詣路として,やや南方にある五条坂や,北方の八坂方面から当坂に通じる三年坂(一名は産寧坂(さんねいざか))とともに,しだいににぎわうようになった。また,当坂は洛中より渋谷越(ごえ)で洛東の山科に通じ,それより南方の醍醐・宇治・奈良方面へ行く道筋につながり,あるいは北方の東海道にも合流する便利な路線に位置していたので,清水寺の門前一帯を中心として早くから交通の要衝となっていたらしく,おおよそ10世紀末ごろから11世紀にかけての時期には,すでに運輸を生業としていた車借(しやしやく)や,乞食(こつじき)や,坂非人(さかのひにん)たちが相当数ここに集住して,いわゆる宿(しゆく)を形成していたと推察されている。…

【清水寺】より

…清水坂は炙餅(やきもち)(焼餅)と清水団子(だんご)で知られ,また五条坂はここを通った弥次さん喜多さんが〈清水焼の陶造軒をならべて,往来の足をとどむ,此所の名物なり〉というように,陶器店が軒をならべた。清水坂から八坂に抜ける坂道が産寧(さんねい)坂(また三年坂)である。ここで転ぶと3年のうちに死ぬともいわれるが,いまも参道の旧観を残して町並保存地区となっている。…

※「三年坂」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

三年坂の関連キーワード禁忌(俗信上の禁止事項)京都府京都市東山区清水迷信

今日のキーワード

明鏡止水

《「荘子」徳充符から》曇りのない鏡と静かな水。なんのわだかまりもなく、澄みきって静かな心の状態をいう。「明鏡止水の心境」...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android

三年坂の関連情報