五林平村(読み)ごりんたいむら

日本歴史地名大系 「五林平村」の解説

五林平村
ごりんたいむら

[現在地名]板柳町五林平(ごりんだい)

東は十(と)川を境に持籠沢(もつこざわ)村(現五所川原市)、西は瀬良沢(せらざわ)村(現鶴田町)、南は夕顔関(ゆうがおぜき)村、北は中泉(なかいずみ)村(現五所川原市)に接する。

寛文四年(一六六四)の高辻帳に五林平村三五二・六石とある。貞享元年(一六八四)の郷村帳に新田として同高が記される。同四年の検地帳に支村三宅(みやけ)村があり、支村を除いた田方四九町四反四畝四分、畑方二八町一反五畝二歩、田畑屋敷合せて七七町五反九畝六歩、村高六〇九・四九四石、百姓五四人と記す。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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