井古村(読み)いごむら

日本歴史地名大系 「井古村」の解説

井古村
いごむら

[現在地名]郡家町井古

下坂おりさか村の北、私都きさいち川東岸に位置する。拝領高は一五四石余。本免四ツ二分。享保一九年(一七三四)の鈴木孫三郎所持本「因幡誌」によると高一六〇石、竈数八。「因幡志」では家数一一、産土神は宮谷みやだに村の加茂大明神。安政五年(一八五八)の村々生高竈数取調帳では生高一七〇石余、竈数一四。羽田氏の給地があった(給人所付帳)。藪役・川役を課されていた(藩史)。村内に草山がなく肥草・牛馬飼草に不足するため、享保一八年下坂村などとともに禰宜谷ねぎだに(現鳥取市)への入会を願出、認められた。用水賀茂かも庄井手に存在していたが、流末に近いため干天のときには水不足に苦しんだ。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

7月10日は東京・浅草観音(あさくさかんのん)(浅草寺(せんそうじ))の結縁(けちえん)日で四万六千日という。この日に参詣(さんけい)すると4万6000日参詣したのと同じ功徳(くどく)があるといって信...

ほおずき市の用語解説を読む