井於別名(読み)いのえべつみよう

日本歴史地名大系 「井於別名」の解説

井於別名
いのえべつみよう

井於(井上)郷の別名という意の地名。現在の泉川いずみかわ地区に比定される。建武四年(一三三七)の足利尊氏寄進状(石清水文書)に初見。

<資料は省略されています>

この文書によれば、井於別名は鎌倉時代に長江八郎左衛門入道の所領であったが、北条氏滅亡後足利尊氏の所領となり、尊氏はこの所領を安居頭料所として、石清水八幡宮に寄進した。

天文二〇年(一五五一)の金子文書に、

<資料は省略されています>

とあり、高外木たかとぎ(現西条市)城主石川備中守通昌が、郡中錯乱を鎮めた功を賞して、金子十郎元成に領地を与えている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む