京泊名(読み)きようどまりみよう

日本歴史地名大系 「京泊名」の解説

京泊名
きようどまりみよう

[現在地名]南串山町京泊名

南串山村の西部に位置し、北部中央に深い入江がある。その西手に国崎(くにさき)半島が突き出ている。浜方に中(なか)ノ湯(ゆ)・塚(つか)ノ山(やま)・田(た)ノ平(ひら)・西浜(にしはま)・水(みず)ノ浦(うら)、山方に谷間川・竹比(たけび)・辺木・溜水(たまりみず)などの集落がある。京泊の地名は行基の経文が風で飛んでそれが舞下りた地であるとも、神功皇后の停泊した湊に由来するともいう。城(じよう)ノ越(こし)は中世の城跡とされる。島原の乱後五島より池永氏、小豆(しようど)島(現香川県)から塚ノ山に三木氏が来住したとされる(南串山村郷土誌)。正保二年(一六四五)の高来郡内高力氏領分図に「串山内京泊村」とみえ、高一五七石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

アジア諸国の友好と平和促進とを目的としたスポーツ大会。第1回は1951年にインドで開催。原則としてオリンピックの中間年に行われる。主催はアジア‐オリンピック評議会。→アジア冬季競技大会...

アジア競技大会の用語解説を読む