日本歴史地名大系 「今博多町」の解説 今博多町いまはかたまち 長崎県:長崎市長崎町今博多町[現在地名]長崎市今博多町大井手(おおいで)町の西、中島(なかしま)川右岸にある長崎外(そと)町の一ヵ町で、陸手に属した。町並はほぼ東西に形成され、南の本紙屋(もとかみや)町とは編笠(あみがさ)橋で通じる(享和二年長崎絵図)。町内に耶蘇寺が一ヵ寺あったとされる(華蛮交易明細記)。筑前博多の遊女屋が開いた町で、寛永一九年(一六四二)当町などの遊女屋が丸山(まるやま)町・寄合(よりあい)町に移され(華蛮交易明細記)、代わって編笠職人が多く来住するにつれてアメガタ町と俗称されたという。同年の平戸町人別生所糺に「長崎あめかた町」とあり、平戸町のかミや伝兵衛の奉公人まきは泉州堺(さかい)(現大阪府堺市)の生れで、元和九年(一六二三)今博多町に来住した。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by