今町一丁目(読み)いままちいつちようめ

日本歴史地名大系 「今町一丁目」の解説

今町一丁目
いままちいつちようめ

[現在地名]鳥取市今町一丁目・南町みなみまち

かわら町端の鍛冶かじ川に架かる土橋から南西に続く智頭ちず街道筋にあたる。北は行徳ぎようとく梶川かじかわ町、南は東品治ひがしほんじ村に接する町端の町。城下町人地四八町の一町。「鳥府志」は古図に町名がないところなどから、この地が町並となったのは寛文年間(一六六一―七三)頃と推定する。元禄一一年(一六九八)立川たちかわしん町が在構から町奉行支配となった際、屋敷年貢は元どおりとされているので、同様に町奉行支配に変わった当町も町年貢地であったことになる(因府年表)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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