日本歴史地名大系 「介藤村」の解説
介藤村
すけとうむら
[現在地名]本山町助藤
東流する吉野川の南岸で、
天和三年(一六八三)一一月一五日付御留山改帳(「日本林制史調査史料」所収)によると留山の助藤山があり、名本の六右衛門が山守役を兼務、百姓三人役を給せられていた。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
東流する吉野川の南岸で、
天和三年(一六八三)一一月一五日付御留山改帳(「日本林制史調査史料」所収)によると留山の助藤山があり、名本の六右衛門が山守役を兼務、百姓三人役を給せられていた。
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