仙岩寺(読み)せんがんじ

日本歴史地名大系 「仙岩寺」の解説

仙岩寺
せんがんじ

[現在地名]川本町谷戸

江川右岸の谷戸たんど屏風のように立つ山の急崖中腹にある。臨流山と号し、曹洞宗。本尊薬師如来。天福元年(一二三三)益田兼高の子兼広が分家して河本周辺を領有し福屋氏を称したが、この頃山頂に飯の山いいのやま(仙岩寺城)を築き、当寺を中腹に創建したと考えられている。小笠原長雄が温湯ぬくゆ城に籠城して毛利方軍(佐波・福屋氏)を防戦していた最中の弘治二年(一五五六)四月四日、小笠原長雄は仙岩寺に祈祷を謝して五〇貫の地を寄進している(「小笠原長雄判物写」打荻英一氏所蔵文書)。永禄元年(一五五八)尼子晴久は温湯城救援のため仙岩寺城まで出張ったが敗退、このとき当寺も兵火にかかり焼失、同一一年宗泉によって再建されたという(石見寺社案内)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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