仲里 陽史子
ナカザト ヨシコ
- 職業
- 箏曲家
- 生年月日
- 明治25年
- 出生地
- 沖縄県 那覇西村(那覇市)
- 経歴
- 沖縄で箏曲の名手と言われた伊波興厚に入門。師の没後、その業を引き継ぎ、後継者の指導に当たった。また、箏曲家の大湾ユキらとともに琉球箏曲の整理・編纂を行い、昭和15年「琉球箏曲工工四」を刊行。これと同時に琉球箏曲興陽会を設立するなど、箏曲の振興と発展に尽くすところがあった。20年満州に渡るが、敗戦で引き揚げる途中、朝鮮半島北部で没した。
- 没年月日
- 昭和21年 8月2日 (1946年)
出典 日外アソシエーツ「新撰 芸能人物事典 明治~平成」(2010年刊)新撰 芸能人物事典 明治~平成について 情報
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仲里 陽史子
ナカザト ヨシコ
大正・昭和期の箏曲家
- 生年
- 明治25(1892)年
- 没年
- 昭和21(1946)年8月2日
- 出生地
- 沖縄県那覇西村(現・那覇市)
- 経歴
- 沖縄で箏曲の名手と言われた伊波興厚に入門。師の没後、その業を引き継ぎ、後継者の指導に当たった。また、箏曲家の大湾ユキらとともに琉球箏曲の整理・編纂を行い、昭和15年「琉球箏曲工工四」を刊行。これと同時に琉球箏曲興陽会を設立するなど、箏曲の振興と発展に尽くすところがあった。20年満州に渡るが、敗戦で引き揚げる途中、朝鮮半島北部で没した。
出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報
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仲里陽史子 なかざと-よしこ
1892-1946 大正-昭和時代前期の箏曲(そうきょく)家。
明治25年生まれ。伊波(いは)興厚に師事する。昭和15年大湾(おおわん)ユキらと「琉球(りゅうきゅう)箏曲工工四(くんくんしー)」を編集。琉球箏曲興陽会をつくり,後継者の育成につくす。20年満州(中国東北部)にわたり,21年8月2日引き揚げの途中死去。55歳。沖縄県出身。
出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例
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