企救の浜(読み)キクノハマ

日本歴史地名大系 「企救の浜」の解説

企救の浜
きくのはま

門司もじ区から小倉北区にかけての海岸部に比定される。「万葉集」巻七に「浦沙に寄す」として「豊国の企救の浜辺の真砂子地真直にしあらば何か嘆かむ」とみえ、白砂青松の佳景地であった。また「企救の長浜」「企救の高浜」ともあるが(同書巻一二)、ともに美称であり、同じ浜辺をさすと考えられる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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