伊与戸村(読み)いよどむら

日本歴史地名大系 「伊与戸村」の解説

伊与戸村
いよどむら

[現在地名]田原本町大字伊与戸

初瀬(はせ)川左岸、大木(おおぎ)村南方に所在。延久二年(一〇七〇)の興福寺雑役免帳に「伊保戸庄」、保延三年(一一三七)九月の大和国杜屋荘検田帳(東大寺文書)に「城下東郷十八条三里七坪町、伊保戸」とある地で、伊予部とも書く。慶長・寛永両郷帳では「伊与堂村」と記す。慶長郷帳の村高は五五七・四七六石で御番衆領。元和元年(一六一五)郡山藩(水野勝成)領となり、のち二割半無地高増政策で村高六九六・八四五石。


伊与戸村
いよとむら

[現在地名]舘岩村伊与戸

舘岩川を挟んで熨斗戸(のしど)村の南にある。「会津風土記」に「伊与戸」とある。安永七年(一七七八)には高一二一石余(会津鑑)。文化一五年(一八一八)の南山御蔵入領組村高帳では高九一石余。山麓の小村であるが集落は東西に分れており、化政期の家数は東九・西七(新編会津風土記)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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