伊庄(読み)いねのしよう

日本歴史地名大系 「伊庄」の解説

伊庄
いねのしよう

荘域はおよそ現宮津市字岩(いわ)ヶ鼻(はな)より現伊根町のうち合併前の伊根村および朝妻(あさづま)村一部を含む地域に比定される。建久二年(一一九一)一〇月日付長講堂所領注文(島田文書)に、

<資料は省略されています>

とあり、建久二年以前に伊禰庄が長講堂領から離脱し、その庄役を宮津庄(現宮津市)が代わって勤仕していたことがわかる。

「吾妻鏡」建久六年八月六日条には「丹波国志楽庄、并伊禰保領家雑掌解到来、地頭後藤左衛門尉基清致濫妨狼藉之由云々、尋聞子細、事実者、分取地頭職三分一、可注申之、可被補任他人之旨、被仰前掃部頭親能云々」とみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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