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伊庭軍兵衛 いば ぐんべえ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

伊庭軍兵衛 いば-ぐんべえ

1811-1858 江戸時代後期の剣術家。
文化8年生まれ。心形刀(しんぎょうとう)流7代伊庭軍兵衛秀淵(ひでなみ)の養子となり,宗家(8代)をつぎ,同流中興の名剣士といわれる。老中水野忠邦(ただくに)の推挙で書院番士に登用されたが,忠邦失脚後に職を辞し,江戸下谷(したや)の道場で門弟教育に専念した。なお,2代秀康,3代直保,5代秀矩,9代秀俊も軍兵衛を称した。安政5年8月13日コレラで病死。48歳(49歳とも)。本姓は三橋。名は秀業(ひでなり)。剣号は常同子。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

伊庭軍兵衛
いばぐんべえ
(1807―1858)

剣術の心形刀(しんぎょうとう)流宗家8代で同流中興の名剣士。名は秀業(ひでなり)、常同子(じょうどうし)と号す。本姓は三橋銅四郎。7代目秀淵(ひでなみ)の門に入り、その剣才を認められて養子となり、老中水野忠邦(ただくに)の推挙で御書院番士に登用されたが、水野の失脚後は職を辞して、下谷(したや)長者町の道場で門弟の育成に専念し、千葉、斎藤、桃井(もものい)と並んで江戸の四大道場の一つに数えられた。講武所の開設にあたり、出仕を命ぜられたが固辞し、養子の惣太郎(垪和(はが)氏)、甥(おい)の三橋虎蔵(とらぞう)、湊(みなと)信八郎(ともに兄の子)を出仕させた。のち惣太郎は家督を継ぎ、9代軍兵衛秀俊(ひでとし)を称し、教授方から剣術師範役に進んだ。[渡邉一郎]

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