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伊東祐実 いとう すけざね

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

伊東祐実 いとう-すけざね

1644-1723 江戸時代前期-中期の大名。
寛永21年1月28日生まれ。伊東祐久の4男。兄祐由(すけみち)の跡をつぎ,寛文元年日向(ひゅうが)(宮崎県)飫肥(おび)藩主伊東家5代となる。延宝3年半世紀におよぶ島津氏との境界争いに勝訴。貞享(じょうきょう)3年藩特産の飫肥杉搬送のため油津(あぶらつ)港に通じる堀川運河をひらき,元禄(げんろく)6年飫肥城の大改築をおこなった。享保(きょうほう)8年9月18日死去。80歳。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典内の伊東祐実の言及

【飫肥藩】より

…日向国那珂郡飫肥に藩庁を置いた外様小藩。1587年(天正15)豊臣秀吉の九州出兵後,伊東祐兵(すけたか)が那珂・宮崎両郡に高2万8000石を給されたのが藩の興りである。2代祐慶(すけのり)のときに5万7086石の検地高をみたが,その後2度の分知があって総高5万1000石の石高が確定した。5代祐実は,1684年(貞享1)の地震によって被害をうけた飫肥城の修築,郷士制の制定,士農に対する盆踊の公認など果敢な政策を実施し,藩中興の主に位置づけられる。…

※「伊東祐実」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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