質地騒動(読み)しっちそうどう

百科事典マイペディアの解説

質地騒動【しっちそうどう】

享保改革で幕府は1722年流地(りゅうち)禁止令を公布し,質入田畑質流れを禁じた。1723年出羽国長瀞(ながとろ)村(現山形県東根市)では質入主の農民たちがこの禁止令を徳政令と誤解,質取主の家々に押しかけ質地証文の破棄などを行い,翌年114名が磔(はりつけ)・獄門・死罪を含む刑に処せられた(長瀞質地騒動)。越後国頸城(くびき)郡の幕府領諸村でも同様に質入農民たちが質田地を取り戻そうとする大規模な騒動となり(越後質地騒動・頸城質地騒動),多くの処分者を出した。このため1723年幕府は流地禁止令を撤回,土地移動を公認して富農・町人らの土地集積を容認することになった。
→関連項目高田藩

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世界大百科事典 第2版の解説

しっちそうどう【質地騒動】

江戸中期,幕府が享保改革の際発布した流地禁止令を盾にとって田畑の取戻しを要求して起こった騒動。1722年(享保7)幕府が出した流地禁止令は,これまで認めてきた田畑の質流れを,質入れは認めつつ以後禁止し,小作年貢も低く抑えるなど,質入人に有利に解釈できる要素をもっていた。このため出羽国村山郡の幕領長瀞村(現,東根市)の名主らは,この法令村民に通達しなかった。だが23年これを知った村民多数は名主に質地の取戻しと利息超過分の返済を迫り,質地証文を奪取した。

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大辞林 第三版の解説

しっちそうどう【質地騒動】

江戸幕府の質流地禁止令発布(1721年)に伴う農民の蜂起ほうき事件。この法令を徳政と理解した農民は、越後頸城くびき郡や羽前うぜん村山郡長瀞ながとろ村において土地返還を要求して蜂起したが、鎮圧された。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

質地騒動
しっちそうどう

田畑の質地証文を質地小作人たちが暴力によって金主から奪還する百姓一揆(いっき)の一形態。この騒動の典型としては、1721年(享保6)12月(一説に翌年4月)公布の質流地(しちながれち)禁止令に誘引されて22年10月に起こった越後(えちご)(新潟県)頸城(くびき)郡一帯の天領150か村の暴動、23年2月の羽前(うぜん)村山郡の天領長瀞(ながとろ)村(山形県東根(ひがしね)市)の騒動がある。ともに村役人がこの法令の伝達を握りつぶし、農民たちも質地を取り戻せる徳政令と理解したことに端を発する。長瀞村では質地関係が深く進行し、債権者46人、債務者300余人を数え、証文数は320通、金額は3980両に上った。この状況下で、債務のいっさいを公権力が免除する徳政令が発動されているとの噂(うわさ)が流れ、農民たちは連判状に結集、訴願から実力行使に発展した。越後の騒動も長期化したが、幕府は当地を高田藩などの預地として藩兵の力で鎮圧した。この混乱のなかで、幕府は23年8月この法令を撤回したが、一揆加担の農民も多数が断罪された。[長倉 保]

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