伊沢城跡(読み)いさわじようあと

日本歴史地名大系 「伊沢城跡」の解説

伊沢城跡
いさわじようあと

[現在地名]阿波町 岡地

吉野川中流の北岸にある中世の城跡。讃岐山脈南麓の複合扇状地の南端部の河岸段丘上にあり、比高約一五メートル、標高四四・六メートル。南は段丘崖に面し、東西は谷が切れ込んでいる。現在は住宅地や畑地となっているが、往時は東西の谷を堰止めて水濠とし、南側には段丘崖の裾に沿って水濠を設けていたようである。北側の台地続きには空堀を掘り、その内側に土塁を設けていたらしいが、現在は東側の谷に設けられた蛭田(ひるた)池が残るのみである。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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