伊知地城跡(読み)いじちじようあと

日本歴史地名大系 「伊知地城跡」の解説

伊知地城跡
いじちじようあと

鷲(わし)ヶ岳(七六九・一メートル)の山頂にあった中世の山城。「太平記」巻二二(畑六郎左衛門事)に、興国二年(一三四一)越前諸城の南朝方でただ一人残った畑六郎左衛門時能の、伊知地山での合戦の様子を「宗徒ノ者十六人ヲ引具シテ、十月廿一日ノ夜半ニ、豊原ノ北ニ当タル伊地(いづち)山ニ打上テ、中黒ノ旌二流打立テ、寄手遅シトゾ待タリケル」と記し、時能はこの地で斯波高経の軍勢三千余騎と戦い、敗死したことがみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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