伏見宮 博恭(読み)フシミノミヤ ヒロヤス

20世紀日本人名事典の解説

伏見宮 博恭
フシミノミヤ ヒロヤス

明治〜昭和期の皇族,元帥 海軍軍令部総長。



生年
明治8年10月16日(1875年)

没年
昭和21(1946)年8月16日

出生地
東京

学歴〔年〕
海兵卒,海大卒

経歴
伏見宮家は北朝第3代崇光天皇の皇子栄仁親王を祖とし、明治維新前に創立された宮家中で最も古く、博恭王はその23代。明治22年から4年間ドイツ留学、さらに40年から3年間英国駐在。その後高千穂、朝日、伊吹の各艦長。大正2年横須賀鎮守府司令長官、海大校長、7年第2艦隊司令長官、11年海軍大将、昭和5年軍事参事官。7年元帥、海軍軍令部長、8年軍令部総長と改名され16年4月まで海軍統帥の最高責任者として昭和天皇を補佐した。戦後、皇籍を離脱。その間、日露戦争で負傷、また東郷平八郎元帥とともにロンドン軍縮条約の承認に反対、ロンドン軍縮会議からの脱退などに関与した。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

367日誕生日大事典の解説

伏見宮 博恭 (ふしみのみや ひろやす)

生年月日:1875年10月16日
明治時代-昭和時代の皇族;元帥
1946年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

今日のキーワード

未必の故意

犯罪事実の発生を積極的には意図しないが、自分の行為からそのような事実が発生するかもしれないと思いながら、あえて実行する場合の心理状態。→故意[補説]作品名別項。→未必の故意...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android

伏見宮 博恭の関連情報