伐株村(読み)きりくいむら

日本歴史地名大系 「伐株村」の解説

伐株村
きりくいむら

[現在地名]西伯町伐株

道河内(どうかわち)村の南、山田谷(やまだだに)川の水源部に位置する。南方、出雲国福富(ふくとみ)村(現島根県伯太町)へ越す峠の麓にあたる。古くは切喰とも書いた(正保国絵図)。拝領高は八一石余、本免は五ツ四分。藪役銀二九匁二分が課され(藩史)、米子荒尾氏の給地があった(給人所付帳)。幕末の六郡郷村生高竈付では生高九八石余、竈数一五。「伯耆志」では家数一七・人数八八、林一一町三反余、物産として炭・苧をあげる。明治三年(一八七〇)の御用方諸事手控(細田家文書)によると耕地面積九町六反余・山林面積一一町三反余、職人に大工一・木挽二がいた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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