佐渡山村(読み)さどやまむら

日本歴史地名大系 「佐渡山村」の解説

佐渡山村
さどやまむら

[現在地名]吉田町佐渡山

東は西槙にしまき新田村小島こじま村と耕地を接し、西は米納津よのうづ村。天正一三年(一五八五)八月一八日の上杉景勝朱印状(蓼沼文書)によれば、在城して粉骨の働きをみせた蓼沼忠右衛門に対して「佐渡山之地」を宛行っている。元和四年(一六一八)長岡藩知行目録は高七一一石二斗。寛永一一年(一六三四)長岡藩主牧野忠成が次男康成を与板よいた(現三島郡与板町)に分封した際、蒲原郡一四ヵ村中の一村として記され、高八三六石四斗(長岡の歴史)。慶安二年(一六四九)の里山村田畑御検地帳写(今井家蔵)によれば、上田五三二石六斗・中田四一六石五斗・下田七八四石四斗、上畑六四石一斗・中畑五八石六斗・下畑三〇石四斗、内訳は本途八三六石四斗・古新田二七七石二斗・新田六六八石二斗・野手五石・千石新田(場所不明)一一〇石である。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む