20世紀日本人名事典 「佐藤北江」の解説 佐藤 北江サトウ ホッコウ 明治・大正期のジャーナリスト 生年明治1年12月22日(1869年) 没年大正3(1914)年10月30日 出生地陸中国盛岡(岩手県盛岡市) 本名佐藤 真一 経歴南部藩の儒者川上玄之に入門。自由民権の求我社に加盟する。「盛岡新誌」「岩手新聞」を経て、明治20年上京。「めさまし新聞」から「東京朝日新聞」へ移り、草創期の朝日新聞の編集長として活躍した。石川啄木を校正係に採用した人物としても知られる。 出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報 Sponserd by
デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「佐藤北江」の解説 佐藤北江 さとう-ほっこう 1869*-1914 明治-大正時代の新聞記者。明治元年12月22日生まれ。陸中盛岡藩士の子。鈴木舎定らの求我社にはいり,自由民権運動で活躍。「岩手新聞」記者をへて,明治20年上京,「めさまし新聞」にはいり,改題後の「東京朝日新聞」で編集長,社会部長をつとめた。石川啄木(たくぼく)を校正係に採用したことでも知られる。大正3年10月30日死去。47歳。本名は真一。 出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例 Sponserd by