佐藤塚村(読み)さとうづかむら

日本歴史地名大系 「佐藤塚村」の解説

佐藤塚村
さとうづかむら

[現在地名]上板町佐藤塚

第十だいじゆう新田北西、吉野川下流北岸にある。名西みようざい郡に属する。南は吉野川を隔てて同郡高畠たかばたけ(現石井町)、北は板野郡中窪なかくぼ(現板野町)。村名は佐藤須賀さとうずかとも記され、佐藤豊後守が吉野川の砂洲を開発したことから佐藤須賀、のち佐藤塚とよばれるようになったといわれる(高志村志)。慶長二年(一五九七)の分限帳に佐藤塚とみえ、三四一石余が野間忠助知行分。慶長期のものと推定される国絵図では里塚とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む