佐護郷(読み)さごごう

日本歴史地名大系 「佐護郷」の解説

佐護郷
さごごう

和名抄」にみえる郷名。同書の高山寺本・東急本・名博本・元和古活字本ともに下県郡のうちとして記載されるが、これは上県郡の誤りである。諸本とも佐護と記し、訓を欠くが、中世に「さこのこほり」とみえるので(貞和五年九月二二日「宗妙意書状」対馬島居巌氏所蔵文書)、古代にもサコであろう。郷名はこのように中世に郡名として継承されて近世に及び、元禄一二年(一六九九)の郡郷改正で古名に復している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む