海水門(読み)さいのうみのみなと

日本歴史地名大系 「海水門」の解説

海水門
さいのうみのみなと

古代にみえる対馬の水門(湊)。「日本書紀」神功皇后摂政五年条によれば、新羅王の求めに応じて、人質となって倭国に来ていた王子の微叱許智(微叱旱岐)の帰還を許し、葛城襲津彦に送らせたが、対馬に至って海水門に宿泊したとき、新羅使らがひそかに王子を船で逃がし、病と偽り、欺いたので、襲津彦は怒って使者三名を焼殺したという。「三国史記」新羅本紀の実聖王元年(四〇二)三月条に「倭国と好を通じ、奈勿王子未斯欣を以て質と為す」とあり、同書訥祇王二年(四一八)条に「王弟未斯欣、倭国より逃げ還る」とみえる記事とよく対応している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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