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佐野信吉 さの のぶよし

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

佐野信吉 さの-のぶよし

1566-1622 織豊-江戸時代前期の大名。
永禄(えいろく)9年生まれ。富田知信(とものぶ)の子。佐野房綱の養子となり,天正(てんしょう)20年下野(しもつけ)(栃木県)佐野唐沢山城主をつぐ。関ケ原の戦いでは東軍に属し,佐野3万9000石の藩主となる。慶長7年春日岡城にうつるが,19年兄富田信高(のぶたか)の改易(かいえき)に連座して自身も改易になった。元和(げんな)8年7月15日死去。57歳。名は別に信種,政綱。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典内の佐野信吉の言及

【佐野氏】より

…下野の中・近世の武家。安蘇郡佐野荘より起こる。藤原秀郷の子孫が下野に広まり,その10世孫足利七郎有綱の子基綱が佐野太郎を称した。基綱は源頼朝に仕え,御家人となる。2代国綱以降の系譜は確かではないが,その子孫が佐野の地を領し,戦国時代の末,宗綱に至る。宗綱は1585年(天正13)に上野館林城主長尾顕長と戦って敗死したので,北条氏政の弟氏忠がその遺跡を継いだ。氏忠は90年豊臣秀吉の小田原征伐に際し小田原城にこもり,落城とともに没落。…

※「佐野信吉」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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