作原村(読み)さくはらむら

日本歴史地名大系 「作原村」の解説

作原村
さくはらむら

[現在地名]田沼町作原

旗(はた)川流域の段丘上に集落が形成される。東は秋山(あきやま)村・水木(みずのき)村(現葛生町)、西は上彦間(かみひこま)村、南は白岩(しらいわ)村、北は上野国勢多(せた)郡沢入(そうり)村(現群馬県勢多郡東村)。周囲を山に囲まれる。もとは野上(のがみ)村と称され、白岩村・長谷場(はせば)村・御神楽(みかぐら)村と一村であった。作原宇都宮神社蔵の応永二五年(一四一八)一二月銘の白山権現鰐口に「下野国左野庄野上」とみえ、願主は行吉とある。また建治二年(一二七六)銘のものをはじめ字小日向(おびなた)・出井(いでい)・近沢(ちがさわ)などから板碑を出土し、早くから開発されていたとみられる。

元和三年(一六一七)当時の野上村の本百姓三八・門屋百姓一三(「日光御用割付」野城勝文書)。慶安郷帳によれば田二九七石余・畑一千四八六石余、朽木稙綱領。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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