作谷窯跡(読み)つくりやようせき

日本歴史地名大系 「作谷窯跡」の解説

作谷窯跡
つくりやようせき

[現在地名]日野町中山 作谷

水口みなくち丘陵に刻まれた東方へ開口する一支谷の南斜面にある平安期の窯跡。県指定史跡。昭和六一年(一九八六)の発掘調査によって、緑釉陶器窯跡一基と付随する灰原を検出。窯体は等高線に直交して開削された半地下式の窖窯で、天井部を除いて焚口から焼成部奥壁付近までが残存していた。残存部の規模は長さ約二・三メートル、最大幅一メートルとかなり小型で、燃焼部と焼成部の境界には約三〇センチの段差がある。燃焼部は長さ約一・一メートル、幅〇・八メートルで、中央部が船底状にくぼむ楕円形、焼成部は床面が約二五―二八度という急勾配の火道三条と、その間の二条の畦で構成される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む