俣見村(読み)またみむら

日本歴史地名大系 「俣見村」の解説

俣見村
またみむら

[現在地名]大田村俣水(またみず)

現村域の南東部に位置し、北の白木原(しらきばる)村に通じる道、南西方の波多方(はだかた)村に至る道が分岐する。西に横(よこ)岳がそびえ、白木原川が流れる。慶長豊後国絵図に俣見村とみえ、高一千九〇一石余。小倉藩元和人畜改帳でも俣見村とし、両子久左衛門手永の長岡市式部少殿知行分として高一千四六九石余で、家数一二八のうち本百姓・小百姓五一、庭屋・牛屋など七三、鍛冶一、人数は男二一四(うち名子一三・山守二・奉公人八など)・女一五九、牛三六・馬二。正保郷帳では安岐(あき)郷俣見村として田高八一七石余・畑高一九二石余で、柴山有・竹山有と注記され、新田があった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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