倉治村(読み)くらじむら

日本歴史地名大系 「倉治村」の解説

倉治村
くらじむら

[現在地名]交野市倉治・倉治一―九丁目・東倉治(ひがしくらじ)一―五丁目・神宮寺(じんぐうじ)一―二丁目・幾野(いくの)二―六丁目・青山(あおやま)三―四丁目・郡津(こおづ)二丁目

郡津村の東、現交野市の北東端に位置し、神宮寺・南頭(みなみがしら)・けつりょう・鶴(つる)ヶ峰(みね)の四集落がある。正保郷帳の写とみられる河内国一国村高控帳によると高一千四七石余、ほかに山年貢高一二石余、旗本久貝領(元和五年から)。元文二年(一七三七)の河内国高帳では一千七六石余。幕末近くまで久貝領として続くが、文久三年(一八六三)上知、のち久貝領に復帰して明治に至る。


倉治村
くらじむら

[現在地名]甲南町新治(しんじ)

杣(そま)川左岸にあり、西は杉谷(すぎたに)川を境に杉谷村。集落は段丘上に立地。竹中(たけなか)城跡がある。慶長五年(一六〇〇)半分が幕府領、半分が旗本渡部領。幕府領は天和二年(一六八二)水口藩領となる。渡部領は慶安二年書上では旗本桜田領・高嶺領で、文政石高帳では山城淀藩領となる。寛永石高帳では高四〇四石余。慶安二年書上では田三二二石余・畑屋敷二九石余・永荒川成五二石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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