倉科将軍塚古墳(読み)くらしなしようぐんづかこふん

日本歴史地名大系 「倉科将軍塚古墳」の解説

倉科将軍塚古墳
くらしなしようぐんづかこふん

[現在地名]更埴市倉科 北山

倉科北山山頂にある単独古墳で、水田面との比高は一九四メートル。山の南麓下に倉科・もり集落、北麓下に生萱いきがやの集落、西方には雨の宮あめのみやの条里的遺構の水田が広がる。古墳は丘尾切断になる前方後円墳で全長七八メートル、前方部幅四六メートル、同高さ六・五メートル、後円部径四二メートル、同高さ八メートル。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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