翻訳|scattering
一般には,波が物体(標的)にあたったとき,それを中心として広がっていく波(一般に球面波)ができる現象をいう。散乱のようすは,波の波長と標的の大きさの関係,波と標的の相互作用の二つの要因で決まり,波の波長に比べて物体の大きさがあまり大きくなった場合はほとんど散乱されない。もう一つの要因である波と標的の間に働く相互作用は,電磁波の場合の標的物体の誘電率とか,音波の場合の標的物体の密度などによって決まる。
量子力学では物質を構成している粒子(電子,陽子,中性子など)は波動としての性質をもっており(物質波),したがって,こうした粒子どうしの衝突の問題とか,これらの粒子と分子,原子,原子核との衝突の問題も散乱として扱われる。ただし,衝突の前後で,入射粒子と散乱されて出てくる粒子の種類や数が変わる場合は,反応と呼んで散乱とは区別される。核反応はその代表的な例である。粒子の波動としての波長(ド・ブロイ波長)λは,粒子の運動量をpとすると,λ=h/pの関係があり(hはプランク定数),したがって,pの大きい粒子(大きい質量,あるいは高速度)では,λが小さくなるため波としての特性は失われ,古典的な粒子の衝突問題として扱うことができるようになる。通常,電子と原子,分子との散乱問題では波動性の効果は大きいが,陽子,中性子と原子,分子との散乱では波動性の効果が比較的少なく古典力学の衝突問題として扱える場合がある。
入射する波と標的との相互作用により,波は散乱されるが,同時に標的の状態が変化する場合がある。例えば標的である分子,原子や原子核が入射波(粒子)である電子,陽子などとの相互作用によって,電子励起,電離,分子の分解,原子核の励起などが起こることがある。このような場合を一般に非弾性散乱といい,標的に変化のない散乱を弾性散乱という。弾性とは入射波の波長(運動量)と散乱波の波長とが等しい場合を指し,非弾性とは等しくない場合を指している。波と標的の内部状態を含めた系での全エネルギーは保存されているので,入射波,散乱波の観測から標的の内部状態の変化に関する知見を得ることができる。
散乱現象は,本来,波動の動きを決定している方程式(波動方程式)の中で,波がどのような相互作用(ポテンシャル)を受けているかによって記述される。平面波で入射した波が標的によって散乱される場合,標的(散乱中心)から十分遠くに離れたところにおける,入射方向から測った角度での波長の変化,位相のずれ,強度の変化によって,相互作用,標的の状態の変化を知ることができる。運動量pが大きく波の性質が無視できる場合には古典力学の概念でとらえることができ,このときには直線軌道で入射した粒子の軌道の曲りおよび速度の変化から相互作用や標的の状態の変化を知りうる。
なお,粒子の入射による散乱現象は,原子核や素粒子の分野ではもっとも重要な研究方法で,原子・分子物理学などでも分光学に次いで重要な研究方法である。
→コンプトン効果 →衝突 →光散乱
執筆者:渡部 力
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波が微小な粒子に当たると、その粒子(散乱体)を中心とする球面波を生じ、その波面が周囲に向かって広がる。これを波の散乱という。光波が原子に当たると、光波の振動電場が原子内の電子を強制的に振動させる。振動する電子がその周囲に放つ電磁波の球面波が散乱光波である。
散乱光(散光)の強度は、光の波長の4乗に逆比例する。青の光は赤の光の約1.4分の1の波長をもつので、青の光は赤の光の約4倍だけ強く散乱される。空が青く見えるのは、太陽からくる白色光に含まれる青の光が地球の周囲の空気層によって強く散乱され、この散乱光が地上に到達するからである。光が散乱されると、直進する光はそれだけ弱くなる。これを散乱吸収という。朝日や夕日が赤く見えるのは、白色光に含まれる青の光が主として散乱吸収され、赤の光はあまり散乱吸収されずに空気層を通過するためである。原子物理学や回折結晶学においては、X線波や電子・中性子などの物質波の散乱が広く利用されている。
[飼沼芳郎]
一般に散乱は、散乱粒子の直径と光の波長の比の大きさによって様相が異なり、その比が10分の1程度以下の場合はレイリー散乱とよばれている。光の波長に対して比較的大きいごみなどによる散乱は、レイリー散乱とはかなり異なったものとなる。この場合の散乱をミー散乱とよぶ。大気中のごみや雲粒などによる太陽光の散乱はこれにあたる。ミー散乱では、微粒子の直径が大きくなるにつれて横方向よりも前方向への散乱光が強くなる。微粒子の直径が光の波長と同程度になると散光はもっとも強くなる。多くの場合散光の波長は入射光の波長と同じであるが、ときにはその物質に特有な量だけずれた波長の光が散光の中に混じることがある。この現象をラマン散乱(効果)という。
[大田正次]
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入射波がその波長に比べてそれほど大きくない物体に当たったとき,それを中心にしてまわりに広がっていく波が発生する現象で,後者の波を散乱波という.散乱波は入射波との干渉性の有無によって,干渉性散乱と非干渉性散乱とに区別される.量子力学では粒子が波動として記述されるので,粒子の衝突も散乱として扱われるが,衝突の前後で粒子の種類や数が変化しない場合のみ散乱とよび,そのほかの場合は反応とよぶのが普通である.粒子の内部エネルギーと系の運動エネルギーがともに変化しない弾性散乱と,両者の間にエネルギー移行が起こる非弾性散乱とに分けられる.とくに点荷電粒子のクーロン力による弾性散乱をラザフォード散乱という.光子のコンプトン散乱は非弾性散乱の一種である.量子力学では,散乱の起こる確率は散乱断面積で表され,散乱に関する理論は散乱理論とよばれて量子力学の主要な部分を構成する.
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
…またaを入射粒子,bを放出粒子,A,Bをそれぞれ標的核,残留核という。とくに,入射粒子aと放出粒子bが同じ場合,すなわちAとBが同じ場合を散乱と呼ぶ。散乱の前後で原子核の状態が変わらず基底状態であるときには,粒子の運動エネルギーも変わらない。…
…量子力学での粒子の運動は,物質の波動性によって波としての性質ももっている。このために散乱ということばが使われることがある。また衝突する粒子の内部構造が変化する場合,反応ということばが用いられるが,広くは衝突に含まれる。…
…(3)入射波および反射波が境界面の法線となす角をそれぞれ入射角および反射角といい,反射角は入射角に等しい。 波のぶつかる相手が波長よりきわめて小さい微粒子,または原子や分子のとき,波の進行方向が変化する現象を散乱という。この場合,相手が結晶格子のように一定の秩序をもって整列しているなら,散乱波は相互に干渉して特定方向の入射波に対してだけ強くなる。…
※「散乱」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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