元八王子村(読み)もとはちおうじむら

日本歴史地名大系 「元八王子村」の解説

元八王子村
もとはちおうじむら

[現在地名]八王子市元八王子町・城山手(しろやまて)二丁目

御殿谷(ごてんや)川と御霊谷(ごれいや)川とを合せて北東へ流れる城山(しろやま)川の流域に立地。東は横川(よこかわ)村。古くは神宮寺(じごじ)村と称したという。延喜(九〇一―九二三)の頃八王子権現を勧請、別当寺を神護(じご)寺(神宮寺、慈根寺)といい村名ともなったが、永禄―天正(一五五八―九二)の頃北条氏照が滝山(たきやま)から城を移して八王子権現を鎮守とし、その城を八王子の城と号したため八王子村の称が生じ、天正一八年八王子落城後現八王子に中心が移ったため、元八王子村となったという。同一九年一一月「多摩郡慈根寺村」内の一〇石が「八幡宮領」とされ、寛文五年(一六六五)にも安堵されている(御朱印帳)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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