元百万遍町(読み)もとひやくまんべんちよう

日本歴史地名大系 「元百万遍町」の解説

元百万遍町
もとひやくまんべんちよう

上京区油小路通一条上ル

町の中央を南北に油小路あぶらのこうじ通が通り、南は一条通(旧一条大路)

中昔京師地図はこの辺りを「百万遍地」とし、中古京師内外地図には「百万遍 一条ドノ カウドウ」とある。もと百万遍知恩寺がこの地にあり、天正年中(一五七三―九二)豊臣秀吉の命で、京極今出川きようごくいまでがわ(現中京区)に移転したあとに開かれた町である。寛永一四年(一六三七)洛中絵図には「百万遍町」と「元」がなく、町中には塔頭上行じようぎよう院、永福院が残存している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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